
東京は下町。隅田川、荒川に挟まれた千住関屋。 江戸時代、この場所は、かつてお江戸日本橋から地方へと続く、玄関口、千住宿として古くから親しまれました。松尾芭蕉の句や、葛飾北斎の東海道五十三次にも度々、登場。東京を代表する大きな2つの川が、入り江のように、この場所を挟むため、水に大変恵まれた場所でした。そのため、多くの水を必要とする職人にはうってつけの場所であり、かつては江戸へ品々を納入する腕利きの職人たちがたくさん集まり、賑わいを見せています。
しかし、それも“今は昔”の話。ここも例に及ばず、高度成長期に伴って、その風景は大きく、様変わりしていきます。首都高に囲まれ、高層マンションだらけ。でも、こんな都会のネオンの下、木屑にまみれ、今もなお、伝統を頑固に守り続ける男たちがいます。それが、この東京の川沿いにある木屑香りが漂う町工場。タヌマです。
シャーシャー気持ちよく歯切れのよい手のカンナの音。かなずちでトントンたたく音。職人は無口と思ったら大間違い。たまにびっくりするぐらい、おーきな威勢の良いお爺さんの声がこだまします。
「お迎えはまだか?先に逝ったら俺がお前を迎えに行ってやるよ」
口の悪い、でも心は優しい熟練職人たちが、そんな冗談をいつも言い合っています。手を休めると煙草。喋ると声は大きい。暇さえあると、パチンコ屋にふらっと出かける。みんな知っている、こんな職人の良いところ。それは、口は悪いが、作れないものはい。図面を渡すと、すぐに段取り。まるで頭の中がコンピューターになっていきます。
口は悪いが、腕は一流。でも、海外から廉価の家具が入ってくれるにつれ、その良さが分る人もいなくなってきました。次第に、パチンコ屋に行く回数も多くなってきました。そんな時、一人のデザイナーに会います。彼の名前は藤岡恒行。彼は実は、創業者の孫です。藤岡は、古くから抗菌性が優れ、3年で再生するスーパーエコ素材。一方、使う用途が少なく、無駄なものとして考えられていた竹に注目。竹で新しい商品を作ろうと言い出しました。
でも職人たちはみーんな反対しました。なぜなら竹は、加工が大変。加工は普通の木の3倍も時間がかかります。その上、かんなで削ると、爪の中にささくれが入ったり、梅雨には水を含み、収縮。よく乾燥させなければ、天気の良い日にはパリンと割れてしまう。さらに、あまりにも硬いので、40年も使っている熟練職人の大切なかんなも割れることがあったりと、作るのにすごく苦労するのです。でも職人の協力がなければ、実現しません。藤岡は何度も何度も説得をし、自分の気持ちを理解してもらうことからはじめました。
「なぜ木を使わず、竹を使うのか。これからの子供たちは環境問題という社会問題と闘わなければならない。そのためには今の我々が土台を作ることが大切であり、それが使い捨て文化を享受した自分たちの責任でもある。」
こんな気持ちを真摯に伝えるため、隣に座り、デザイナーも、職人も一緒になって作りました。そんな転機が起こったのは2007年5月。伊勢丹新宿で開催されたグローバルグリーンプロジェクト。親子の絆を大切にしようという趣旨のプロジェクトの中に、藤岡がデザインした商品が採択されたのです。
デザイナーはわが子のことを。自分の孫のこと。
職人の思いと、デザイナーの想いが1つになった瞬間でした。
職人は孫のことを思い、デザイナーはわが子のことを想い、一緒に、これからの子供を考え作った作品。販売を始めて1年、その思いは日本から遠く離れた、フランス、イタリアのパパママの共感を呼びました。さらに米国、カナダ、香港、タイ、レバノンでも多くのパパママたちの心にも通じました。

当時の千住の風景(東海道五十三次)

タヌマ屋上から見える風景写真
(隅田川の花火大会の眺望は素晴らしい)

口も悪いし、声も大きい平河氏

古いことと新しいことを合わせる難しさ
お互いを否定しないことが大切です

力を合わせることで、心が一つになる

NYで開催された「感性JAPAN展」の様子
知恵を絞り、割れを防ぐため、ダイヤモンドの刃を使い、雨季にはよく乾燥させるため、乾燥器を使う。そんな今でも、指の先には竹のささくれは入るし、梅雨は機嫌が悪い。こんな手のかかる竹ですが、これからも作り続けます。最初は反対していた職人が今ではこう言います。「この想いを伝えるには、職人が足りなすぎる」と。
創業64年を迎える、今では東京には極めて少ない、特注家具メーカー。
終戦後、焼け野原の東京に残った、腕利きの家具職人3人が集まり、隅田川のほとりで、家具工房を興す。その後、首相官邸の家具を始めとし、日本の高度成長期を支えた各大臣の書斎、国会議事堂の特注家具を作りつづけている。
メッセージ
木は枯渇しつつあります。半世紀にわたり、森林減少という環境破壊につながることを、私達は生業にしてきました。それは、今まで多くの人たちに家具の製造を通じ、室内環境の豊かさをもたらしたという自負はあります。でも、企業は社会のもの。今、必要な社会貢献ができなければ、その存続はありえません。これからは、環境問題を前向きにとらえ、家具メーカーであり続けるのと同時に、社会に貢献できる企業でもありたい思います。







